

2024年5月29日に成立した改正食料・農業・農村基本法は、1999年の制定以来25年ぶりの大幅な改正となりました 。改正の背景には、世界の食料需給をめぐる情勢の大きな変化があります。気候変動による食料生産の不安定化、新型コロナウイルスの影響、ロシアのウクライナ侵攻等により、国際的な食料供給網に深刻な影響が生じています 。
参考)https://www.pref.miyazaki.lg.jp/documents/93607/93607_20241126093508-1.pdf
国内においても、農業従事者の高齢化と担い手不足、耕作放棄地の拡大、食料自給率の低水準(2022年度:カロリーベース38%、生産額ベース58%)といった課題が深刻化しています 。また、パリ協定やSDGsの採択以降、環境負荷低減への取組が国際的にも必要とされており、農業分野でも温室効果ガス削減や生物多様性の保全が求められています 。
参考)https://www.dir.co.jp/report/column/20240717_012131.html
これらの課題に対応するため、改正法では従来の「食料の安定供給」から「食料安全保障の確保」へと基本理念を発展させ、環境と調和のとれた食料システムの確立を新たに基本理念に位置付けました 。
参考)https://www.maff.go.jp/tokai/seisaku/kihon/attach/pdf/20240717-1.pdf
改正法の最大のポイントは、国民一人一人の「食料安全保障」を基本理念の中心に位置付けたことです 。従来の「食料の安定供給」の概念を拡充し、「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態」の確保を目指しています 。
参考)https://www.kaku-ichi.co.jp/media/tips/legal-system/differences-before-and-after-revision
具体的な施策として、国内の農業生産の増大を基本としつつ、安定的な輸入と備蓄について新たな位置付けを行いました 。新設された第19条では、食料の円滑な入手手段を確保する取組として、物流拠点の整備や産地から消費地までの幹線物流対策といった輸送手段の確保、フードバンクなどの取組を促進する環境整備について明記されています 。
また、第21条では農産物等の輸入に関する措置の内容が拡充され、輸入先国の多様化や、民間企業による主要生産国への投資支援が記されています 。さらに新設された第22条では輸出の促進を目的とし、輸出産地の育成や販路拡大の支援、知的財産権の保護などが強調されています 。
改正法では「環境と調和のとれた食料システムの確立」を新たな基本理念として位置付けました 。これは、食料システムが食料供給の各段階において環境に負荷を与える側面があることを踏まえ、その負荷の低減を図ることで環境との調和を図るものです 。
参考)https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/bukai/attach/pdf/250122-6.pdf
農業は環境との親和性が高い産業である一方で、温室効果ガスの発生や水質悪化により、気候変動や生物多様性への影響が懸念されています 。改正法では、多面的機能は環境負荷低減が図られつつ発揮されなければならない旨を位置付けており、農業の持続可能性を重視しています 。
参考)https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/069/196/1.nosuisho.pdf
環境負荷低減のための具体的な取組として、デジタル技術を活用した高精度な土壌測定により化学肥料の使用を最小限に抑えつつ、収量を維持する取組が推進されています 。また、センサーやIoTデバイスを使用したデータ収集により、必要な場所に必要な量の農薬や肥料を投入する精密農業の実現が期待されています 。
参考)https://kyozon.net/list/agricultural-dx-smart-farmer/
改正法では「先端的な技術」としてスマート農業に関する条文が新たに追加されました 。これには加工・流通方式や、省力化・多収化のための品種改良なども含まれており、単に生産が楽になるというだけでなく、技術を用いることで付加価値が高まるような取組にも言及されています 。
参考)https://smartagri-jp.com/agriculture/9085
農業DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進により、生産から流通、販売、経営に至るまで、農業のあり方そのものを変革していく取組が期待されています 。具体的には、自動運転トラクターによる耕作やドローンを活用した農薬散布など、最新の農業機械を導入した作業の効率化による少人数での大規模生産の実現が目指されています 。
参考)https://tech.siliconstudio.co.jp/column/contents31/
データ活用の面では、センサーやIoTデバイスを使用したビッグデータの収集とAIを活用した意思決定支援により、安定した収穫量の確保が可能になります 。また、購買データの分析や需要予測を通じて、消費者の嗜好に合った農産物の生産と供給を実現することで、市場競争力の強化も期待されています 。
改正法では「合理的な費用を考慮した価格形成」を新たに位置付けており 、農業者が生産コストの増加分を適切に農産物価格に反映できる仕組みの構築を目指しています。これまで農畜産物の価格においては川下ほど価格交渉力が強く、生産コストが増加してもそれを農畜産物の価格に転嫁できない状況が続いていました 。
参考)https://www.jacom.or.jp/nousei/news/2025/05/250513-81578.php
具体的な取組として、資材価格の高騰などによるコスト増加分を食品価格に順次転嫁していくことで、農業者をはじめ食料システムの各段階の担い手の事業が持続可能になり、食料システムが維持されることを目指しています 。また、農家のコスト上昇を見える化するために、中立的な機関が価格指標を発表し、農家がこれを根拠に価格交渉がしやすくなる仕組みの構築が進められています 。
参考)https://note.com/kawakamifarm/n/nc95955936b06
食品流通構造改善法の制定により、仕入れ価格を決める際に農家側のコスト(肥料・燃料など)の増加を加味することが努力義務として求められるようになり 、価格交渉の土台が整備されることで、農業の持続可能な経営基盤の確立が期待されています 。