

1984年の国籍法改正は、日本における国籍制度の歴史上最も重要な転換点の一つでした。この改正により、明治時代から続いた「父系優先血統主義」から「父母両系血統主義」への移行が実現されました 。
参考)https://kikajapan.info/archives/law/286/
改正の直接的な契機となったのは、1979年に国連で採択された「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(女性差別撤廃条約)の批准準備でした。同条約第9条2項では「締約国は、子の国籍に関し、女子に対して男子と平等の権利を与える」と規定されており、父系優先血統主義を採用していた日本の国籍法は明らかに条約に抵触していました 。
参考)https://japanknowledge.com/contents/nipponica/sample_koumoku.html?entryid=2463
法務省は当初、この改正に慎重な姿勢を示していましたが、内外からの男女平等実現を求める世論の高まり、諸外国での父母両系主義への改正の潮流、そして何より「無国籍児」の発生という深刻な社会問題への対応が求められた結果、改正に踏み切りました 。
参考)http://www.keiko-fukuzawa.jp/15737397895992
改正前の国籍法下では、日本国籍を取得できるのは「日本国籍の父を持つ子ども」に限定されていました。つまり、日本人女性と外国人男性の間に生まれた子どもは、母親が日本人であっても日本国籍を継承することができませんでした 。
参考)https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/jfba_info/publication/pamphlet/kokusekiho_qa_2.pdf
この制度は深刻な問題を引き起こしていました。例えば、日本国内で日本人女性と米国人男性の間に子どもが生まれた場合、その子どもは母の日本国籍を受け継ぐことができず、かといって「出生地主義」を採る米国の国籍を自動的に得ることもできない「無国籍児」になってしまうケースが発生していました 。
無国籍児とその親たちは、この状況を受けて「父系優先血統主義の国籍法は憲法違反」だとする訴訟を起こしました。1981年3月の東京地裁、1982年6月の東京高裁では「父系優先血統主義の国籍法は性差別だが帰化で補完できる」として合憲判決が下されましたが、この判決に対して一般市民からの疑問の声が高まりました 。
1984年(昭和59年)5月25日に公布された「国籍法及び戸籍法の一部を改正する法律」(昭和59年法律第45号)は、1985年1月1日に施行されました。この改正により、出生時に父又は母のいずれかが日本国民であれば日本国籍を取得できる「父母両系血統主義」が確立されました 。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/3eee0dbd623ab61f589732534b70eab54486bedf
改正の主な内容は以下の通りです。
この改正により、日本人母と外国人父の間に生まれた子どもも、出生と同時に日本国籍を取得できるようになりました。これは、女性の国籍継承権を男性と同等に認める画期的な変更でした 。
父母両系血統主義の採用により、必然的に重国籍者の増加が予想されました。このため、改正国籍法では「国籍選択制度」が新たに導入されました 。
参考)https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/seigan/159/yousi/yo1591920.htm
国籍選択制度の主な内容。
この制度は「国籍唯一の原則」に基づき、1930年のヨーロッパ国籍条約の影響を受けて設計されました。しかし、現在では重国籍を容認する国際的な潮流もあり、制度の見直しを求める声も上がっています 。
また、国籍留保制度も拡大され、生地主義国で生まれた日本人の子どもは、出生後3か月以内に日本の在外公館等に国籍留保の届出をしなければ日本国籍を失うこととなりました 。
1984年の国籍法改正は、現代の不動産業界にも重要な影響を与え続けています。不動産取引においては、取引当事者の国籍確認が重要な要素となるため、国籍法の理解は実務上不可欠です。
不動産取引における国籍法の重要性。
改正により父母両系血統主義が確立されたことで、国際結婚家庭の子どもたちの権利が保護され、日本社会の多様性が法的に認められました。これは現代のグローバル化した不動産市場において、より多様な背景を持つ取引当事者との円滑な取引を可能にする基盤となっています 。
また、この改正は憲法第14条の「法の下の平等」の理念を国籍法に具現化した重要な法改正として、後の2008年の国籍法改正(婚外子の国籍取得要件緩和)にも影響を与えました 。
参考)https://www.hurights.or.jp/archives/newsinbrief-ja/section3/2008/06/post-47.html
現代において、不動産取引実務者は国籍法改正の歴史的経緯を理解し、多様な国籍背景を持つ顧客に対して適切なサービスを提供することが求められています。