
信託業法における善管注意義務とは、受託者が信託事務を処理する際に「善良な管理者の注意をもって」行わなければならない義務を指します 。
参考)https://h-life.jp/kazokushintaku/column/shintakuyougo13
この義務は信託法第29条2項において「受託者は、信託事務を処理するに当たっては、善良な管理者の注意をもって、これをしなければならない」と規定されています 。さらに、信託業法第28条2項でも同様の規定が設けられており、信託会社等の営業信託には強行規定として適用されます 。
参考)https://gentosha-go.com/articles/-/3669
善管注意義務は、受託者個人の能力を基準とするのではなく、その受託者の属する職業や地位等を考慮し、その職業や地位等にある者として通常要求される程度の注意能力が基準となります 。つまり、受託者が専門家であれば、その専門家として要求される注意能力が基準となり、一般の者であれば、より軽度の注意能力が基準となるのです 。
参考)https://machida-shintaku.com/faq/q012/
善管注意義務違反が成立するためには、いくつかの構成要件が満たされる必要があります 。
参考)https://www.persol-bd.co.jp/service/bpo/s-bpo/column/fiduciary-duty/
第一に、法律違反行為があげられます。法律に違反する行為は、社会常識として当然払うべき注意を怠ったと判断されるためです 。受託者が「知らなかった」と主張しても、業務を請け負う専門家として当然知っておくべき法律と考えられるため、責任を負わなければなりません 。
第二に、経営における判断ミスも善管注意義務違反につながることがあります 。十分な情報収集や検討をせずに判断してしまうケースが問題となり、たとえば市場調査を怠ったまま重要な判断をしてしまうなどが挙げられます 。
第三に、管理責任の不履行も構成要件の一つです。信託財産の管理において要求される具体的行為内容を善管注意義務に照らして決定し、それを適切に実行しなかった場合に違反となります 。
善管注意義務を怠った場合には、重大な法的責任を負うことになります 。
主要な責任として、損失てん補責任があげられます。受託者が善管注意義務に違反した結果、信託財産に損失が生じた場合、その損失を填補する責任を負います 。これは、信託財産を適切に管理する義務に違反したことに対する責任です。
原状回復責任も重要な責任の一つです。受託者の義務違反により信託財産の状況が悪化した場合、可能な限り元の状態に回復させる責任を負います 。
さらに、善管注意義務違反は受託者の解任事由としての効果を有するものになり得ます 。重大な義務違反があった場合、受益者は裁判所に対して受託者解任の申立てを行うことができ、新受託者の選任も求めることができます 。
実際の裁判例では、銀行の取締役が十分な審査を行わずに巨額の融資を決定した事案において、善管注意義務違反が認定されています 。
信託業法は受益者保護のために多層的な保護制度を設けています 。
参考)https://wada7772.com/blog/inheritance/post-694.html
受益者には、受託者に対して信託行為に基づいて信託利益の給付を受ける権利(受益債権)が認められています 。さらに、この権利を確保するために、受託者に対して帳簿閲覧請求や信託違反行為の差止請求などをする権利を有します 。
具体的な権利として、信託事務の処理の状況について報告を求める権利、帳簿等の閲覧または謄写の請求権、損失のてん補または原状の回復の請求権、受託者の法令・信託違反行為の差止請求権などが挙げられます 。
特に重要なのは、受益者が高齢者や障がい者である場合の保護制度です 。彼らが信託に関する意思決定を行うことや、受託者を監督することが困難な状況に対応するため、信託監督人や受益者代理人といった信託関係人が受益者の利益を守る役割を果たします 。
信託法上の善管注意義務は任意規定であるため、信託行為において別段の定めを置くことにより、その義務の加重ないし軽減をすることが認められています 。
ただし、完全な義務免除は認められておらず、最低限の注意義務は維持されなければなりません 。善管注意義務より軽い注意義務として「自己の財産に対するのと同一の注意義務」がありますが、これも一定の注意水準を要求するものです 。
一方で、信託業法第28条2項については但書きがないことから強行規定とみなされており、信託会社等の注意義務を軽減するような取り決めを結ぶことは絶対にできません 。これにより、委託者・受益者はより強く保護されることになっています 。
信託事務処理において、十分な情報収集と検討を行った上での経営判断については「経営判断の原則」が適用され、結果的に損失が生じても善管注意義務違反とされない場合があります 。ただし、判断過程に重大な過失があった場合は免責されません 。