
財政法第4条は「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」と規定し、国債発行を原則禁止している 。これは戦後復興期において健全財政を堅持していくと同時に、財政を通じて戦争危険の防止を狙った規定として位置づけられている 。
参考)https://www.mof.go.jp/faq/budget/01aa.htm
1947年に制定された財政法は、1946年に公布された日本国憲法の民主的性格を反映したものであり、敗戦から2年に満たないタイミングでの制定であったことを踏まえると、国民生活の安定にとって健全財政を必須とした背景が理解できる 。信用を失った国が借金を抱え、返済に追われる事態となれば、国民生活は安定しないという判断があった。
参考)https://www.pictet.co.jp/basics-of-asset-management/new-generation/japanese-finance-and-investment/20240822.html
1932年以降、軍事費は増加の一途を辿り、その費用はもっぱら国債の発行によって賄われていた歴史的反省に基づき、逐条解説では「戦争と公債は密接不離の関係にある」「公債のないところに戦争はない」「憲法の戦争放棄の規定を裏書き保証せんとするものであるともいい得る」とまで明記されている 。
参考)https://www.kyinitiative.jp/column_opinion/2025/03/04/post2804/
財政法第4条ただし書きは、公共事業費、出資金、貸付金の3項目の支出に限り国債発行を容認している 。これらの支出に伴う資産は利潤や配当を生むため、返済原資を当てにできることが理由とされている。ただし、この場合も経済情勢を踏まえて発行の是非を判断しなければならないとされている 。
この建設国債と区別して、社会保障支出などを賄うための国債(赤字国債)の発行は認められていない。健全財政の原則に反するのが最大の理由だが、建設国債を容認した考えに照らせば、3項目以外の支出は将来世代に負担だけを課すものだからという判断がある 。
どうしても赤字国債を発行したい場合は、例外的な扱いとして別の法律(特例公債法)を国会で決議する必要がある。近年巨額に達した赤字国債の発行は、そうした例外扱いが常態化したものである 。
参考)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA263680W5A620C2000000/
財政法第5条は、日本銀行による国債の直接引き受けを原則禁止している 。これは「国債の市中消化の原則」と呼ばれ、中央銀行が国債引受けによる政府への資金供与を始めると、政府の財政節度を失わせ、中央銀行通貨の増発に歯止めがかからなくなり、悪性のインフレーションを引き起こすおそれがあるためである 。
参考)https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/op/f09.htm
中央銀行による国債引受けは麻薬に例えられる。いったん踏み入れてしまうと常用することになり、元には戻れず最後に身を滅ぼすことになる。先進主要国が中央銀行による政府への信用供与を厳しく制限しているのは、こうした過去の歴史から得られた貴重な経験に基づく 。
参考)https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/6f3ef1f56d296e386c6c60057612023b05723f4e
ただし、日本銀行では金融調節の結果として保有している国債のうち、償還期限が到来したものについては、財政法第5条ただし書きの規定に基づいて、国会の議決を経た金額の範囲内に限って国による借換えに応じている 。
赤字国債の発行が開始されたのは昭和50年度(1975年)からである 。昭和55年度(1980年)には7兆3150億円の赤字国債が発行され、国債依存度は32.6%となったが、その後発行額は減少し、平成3年度(1991年)から平成5年度(1993年)まで赤字国債の発行実績はゼロとなった 。
参考)https://www.jsri.or.jp/publication/periodical/economics/81/81-02/
しかし、平成6年度(1994年)から減税特例公債という名前で赤字国債の再発行が開始され、平成10年度(1998年)から赤字国債の無制限発行体制へ移行した。平成10年度の赤字国債は当初予算で7兆1000億円であったが、補正後では16兆9500億円となり、国債依存度は当初の20%から40.3%へと倍増した 。
特例国債は建設国債と同様に国会の議決を経た金額の範囲内で発行できることとされ、一般会計予算総則にその発行限度額が計上されている。また、国会での審議の際には建設国債と同様に償還計画表を提出することになっている 。
参考)https://kabu.com/glossary/kabu2669.html
現在では2025年度の新規国債発行額は建設国債が6.8兆円程度、赤字国債が21.9兆円程度を見込んでいる。税収増の影響もあり、当初予算では17年ぶりに国債発行額が30兆円を下回る見通しとなっている 。
現在の日本の財政状況は、財政法制定時の理念から大きく乖離している。政府公債残高は2015年度末で800兆円を超え、地方政府や社会保障基金も含めた一般政府ベースで見ると、2016年度の債務残高は対GDP比で230%を超えている 。これは債務危機に陥ったギリシャの200%をも上回る水準である。
参考)https://iirj.nccu.edu.tw/data/45_4/%E5%AD%A3%E5%88%8A45-4-2(%E4%B8%8A%E5%B7%9D%E9%BE%8D%E4%B9%8B%E9%80%B2%E5%85%88%E7%94%9F)4.pdf
プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化が政府の財政健全化目標として掲げられているが、2025年度の黒字化実現は計算上困難とされている 。プライマリーバランスは1992年のバブル経済崩壊から赤字の状態が続いており、国債発行に頼らずにその年の税収等で政策的経費をまかなえていない状況が継続している。
参考)https://www.nomura.co.jp/terms/japan/hu/primary_b.html
財政膨張によって税収不足となり、不足する財政資金を赤字国債発行で無制限に調達する構図が定着している 。特例公債法による発行が常態化し、財政法第4条の禁止規定にもかかわらず赤字国債の無制限発行が可能になった背景には、国債管理政策の変化、国債をとりまく金融市場の変化、政策決定プロセスの変化がある。
戦争危険の防止と健全財政の維持を目的として制定された財政法の理念を現代においてどのように活かしていくかは、今後の財政政策における重要な課題となっている。財政規律の確保と経済成長の両立を図りながら、持続可能な財政運営を実現するための制度設計が求められている 。
参考)https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4608