
不公正な取引方法は、独占禁止法第19条において「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない」として禁止されている行為類型です 。同法第2条第9項では、不公正な取引方法として5つの基本類型を定めており、公正取引委員会がさらに具体的な行為を告示によって指定しています 。不公正な取引方法の規制は、自由な競争の制限、競争手段の不公正性、自由競争基盤の侵害といった観点から、公正な競争を阻害するおそれがある場合に適用されます 。
参考)https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/fukousei.html
この規制体系は「一般指定」として全業種に適用される16項目と、特定業種に限定される「特殊指定」の2つで構成されています 。事業者にとっては、日常の取引活動において知らず知らずのうちに違反行為を犯すリスクがあるため、具体的な規制内容の理解が不可欠です。公正取引委員会は違反行為に対して排除措置命令や課徴金納付命令を発出し、さらに刑事処罰の対象となる場合もあります 。
参考)https://keiyaku-watch.jp/media/kisochishiki/fukouseinatorihikihouhou/
不公正な取引方法の一般指定では、以下の16項目が禁止行為として明確に列挙されています :
参考)https://www.sanken.keio.ac.jp/law/law/anti_monopoly_law/utp.html
取引拒絶関連(1~2項)
差別的取扱い(3~5項)
不当な価格設定(6~7項)
不当廉売は、正当な理由がないのに商品・役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給する行為で、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるものとして定義されています 。公正取引委員会の「不当廉売ガイドライン」では、具体的な判断基準として、①供給に要する費用を著しく下回る対価、②継続性、③他事業者の事業活動困難化のおそれ、という3要件が示されています 。
参考)https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/futorenbai.html
顧客誘引・取引強制(8~11項)
抱き合わせ販売は、需要の多い商品(主商品)の販売条件として、別の商品(従商品)の購入を強制する行為です 。過去の違反事例として、人気ゲームソフト「ドラゴンクエストⅣ」と在庫処分したいゲームソフトをセットで販売したケースでは、公正取引委員会が排除措置命令を発出しています 。
参考)https://keiyaku-watch.jp/media/hourei/dakiawase-hanbai/
優越的地位の濫用(一般指定14項)は、自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らし不当に相手方に不利益を与える行為です 。この規制は、取引力格差を背景とした不当な行為を防止することで、公正な取引環境を確保する目的があります。
参考)https://biz.moneyforward.com/contract/basic/9645/
具体的な違反形態として以下のような行為が挙げられます。
金銭提供の要求
労働力の無償提供要求
公正取引委員会の近年の事例では、丸井産業株式会社が納入業者171社に対して社員旅行費用の負担を要請し、19社に対して営業担当者への報奨金負担を求めた事例で、令和元年5月に警告処分を受けています 。同様に楽天株式会社も令和元年10月に、楽天トラベルに掲載する宿泊施設運営者に対する優越的地位濫用で処分を受けました 。
参考)https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/aug/200805_3.pdf
実務上の注意点として、優越的地位の濫用は取引力格差が存在する様々な業界で発生する可能性があります。特に大手小売業者と納入業者、プラットフォーマーと出店事業者、フランチャイズ本部と加盟店等の関係においては、日常的な取引慣行の見直しが必要です。
再販売価格維持行為(一般指定12項)は、メーカーや卸売業者が小売事業者による販売価格の自由な決定を妨げ、定価での販売等を事実上強制する行為として独占禁止法で禁止されています 。この規制の背景には、流通業者間の価格競争を促進し、消費者利益を確保するという政策目的があります。
参考)https://tennoji.vbest.jp/columns/general_corporate/g_general/7832/
再販売価格維持行為の具体例
興味深い点として、最高再販価格についても独占禁止法上の問題となり得ることが公正取引委員会の見解で示されています 。従来は最低価格の制限が主な問題とされていましたが、最高価格制限であっても流通業者間の価格競争を阻害する場合には違法性が認められる可能性があります。
参考)https://www.koutori-kyokai.or.jp/pages/150/
正当化事由の限定的解釈
公正取引委員会の「流通・取引慣行ガイドライン」では、正当な理由が認められる場合を極めて限定的に捉えています 。具体的には、①競争促進効果の実現、②ブランド間競争の促進、③消費者利益の増進、④他の手段による代替不可能性、⑤必要最小限の範囲・期間、という5つの要件を同時に満たす場合に限定されています。
実務上の留意点として、「希望小売価格」や「参考価格」の提示は問題となりませんが、実質的に価格拘束となる場合には違法と判断される可能性があります。特にメーカー系列の販売業者に対する価格指導や、リベート制度を通じた実質的な価格統制には注意が必要です。
競争者に対する取引妨害(一般指定15項)は、自己と競争関係にある他の事業者とその取引相手方との取引を不当に妨害する行為として禁止されています 。この規制は、公正な競争手段による事業活動を保護し、不当な競争妨害行為を排除する目的があります。
参考)https://www.ishioroshi.com/biz/mailmag/topic/topic230921/
取引妨害の具体的手法
近年注目される事例として、プラットフォーム事業者による競合品販売の問題があります 。プラットフォーム運営事業者が自らも商品販売を行い、出店事業者と競合する関係にある場合、プラットフォーム上での競合事業者の取引を妨害する行為は取引妨害として問題となる可能性があります。
参考)https://www.businesslawyers.jp/articles/1113
共同の取引拒絶の社会的注目例
令和2年には、日本プロ野球の「田沢ルール」が共同の取引拒絶に該当する可能性があるとして廃止されました 。これは、海外球団と契約した日本人選手に対して、複数の日本球団が申し合わせて取引を拒絶していた事例で、スポーツ業界における独占禁止法適用の象徴的な事例となりました。
参考)https://www.valueup-jp.com/2021/01/12/column-vol15/
実務上の重要なポイントとして、競争者に対する取引妨害は意図的な妨害行為に限らず、結果的に競合事業者の取引機会を不当に奪う行為も含まれます。特に市場シェアが高い事業者や、取引先に対して影響力を有する事業者は、自らの事業活動が競合事業者の取引に与える影響について十分な配慮が必要です。
一般指定に加えて、特定の業界では業界特性を踏まえた「特殊指定」が設けられています 。現在指定されているのは以下の3分野です:
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E5%85%AC%E6%AD%A3%E3%81%AA%E5%8F%96%E5%BC%95%E6%96%B9%E6%B3%95
新聞業における特殊指定
物流特殊指定(特定荷主規制)
大規模小売業特殊指定
これらの特殊指定は、各業界の取引実態や問題の発生状況を踏まえて設定されており、一般指定よりも具体的で詳細な規制内容となっています。例えば、大規模小売業特殊指定では、小売業者の優越的な地位を利用した納入業者への不当な要求について、具体的な行為類型と判断基準が示されています。
デジタルプラットフォーム分野の新たな課題
近年、デジタルプラットフォーム事業者による不公正な取引方法が社会的に注目されています。2025年4月には、トヨタモビリティ東京が抱き合わせ販売の規定に違反するおそれがある行為を行ったとして、公正取引委員会の指導を受けました 。これは、自動車販売業界における新たな規制適用事例として注目されています。
参考)https://businessandlaw.jp/articles/a20250508-1/
実務対応として、事業者は自社の業界に適用される特殊指定の内容を十分理解し、日常の取引活動において違反行為が発生しないよう社内体制を整備する必要があります。特に、取引条件の設定や変更、価格決定プロセス、競合事業者との関係等について、法的リスクを踏まえた慎重な検討が求められます。
公正取引委員会による行政処分では、排除措置命令に加えて課徴金納付命令が発出される場合があり、経済的制裁も重大です。さらに、独占禁止法違反は刑事罰の対象でもあるため、事業者としてはコンプライアンス体制の充実が不可欠となっています。