
フランス法は1804年に制定されたナポレオン法典(フランス民法典)を中心とする成文法体系として発展しました 。この法典は「人、物、行為」の3つの基本概念に基づくインスティトゥティオネス方式(法学提要方式)を採用しており、古代ローマのユスティニアヌス法典に由来する伝統的な構成方法です 。
フランス法の最大の特徴は、その実用性と理解しやすさにあります。ナポレオン法典は日常的で分かりやすい言葉で書かれており、フランス国民の慣習や常識に合致した内容となっています 。文豪スタンダールがフランス民法典を文章の範としていたエピソードからも、その平易さと優美さが伺えます。
また、フランス法は「公役務の継続性」「法律の執行の確保」を憲法上の価値とし、国家の役割を重視する特徴があります 。この点は、個人の権利を重視するドイツ法とは異なる視点を示しています。
参考)https://www.soumu.go.jp/main_content/000045556.pdf
ドイツ法の最も顕著な特徴は、1900年に制定されたドイツ民法典(BGB)で完成されたパンデクテン方式の採用です 。この方式は総則、債務関係法、物権法、親族法、相続法の5編から構成され、共通に適用される一般的な規定を冒頭の総則に配置する高度に体系化された構造を持ちます 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E6%B3%95%E5%85%B8_(%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84)
パンデクテン方式の特徴は、その高度な抽象性と演繹的な体系性にあります 。この方式では、重複を少なくして条文数を削減し、実際の運用において条文の類推適用を容易にし、法の統一性を保持しやすくなっています 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%AF%E3%83%86%E3%83%B3%E6%96%B9%E5%BC%8F
ドイツ法は、18世紀から19世紀にかけて発展したパンデクテン法学の成果であり、法学の学問化(科学化)を目指しました 。イマヌエル・カントの哲学的影響を受けて、法の体系化と理論的基礎づけが追求され、現代においても精緻な理論体系として世界各国に影響を与えています 。
参考)https://www.bizlawjapan.com/wp-content/uploads/germany_houseido_01.pdf
両法体系の根本的な違いは、その成立背景にあります。フランス法は、フランス革命の理念であるブルジョワジーの自由な経済活動を法的に保障することを目的として制定されました 。ナポレオンは古代ローマ皇帝ユスティニアヌスの『ローマ法大全』を熟読し、その知識を活用して法典制定に関与しました 。
参考)https://www.y-history.net/appendix/wh1103_2-018.html
一方、ドイツ法は異なる経緯をたどりました。ドイツでは産業革命の波に対抗するため、急激な上からの改革によって民法典を制定する必要が生じ、ローマ法の全面的導入により封建的慣習法を排除しました 。この過程で、ローマ法とフランス法のどちらをベースとするかという「法典論争」が発生しましたが、最終的には独自の理論体系が構築されました。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E6%B3%95
フランスが民法典制定前に100年以上かけて全土の慣習法調査を行ったのに対し、ドイツは時間的制約の中で理論的・体系的なアプローチを選択したことが、両法体系の性格の違いを決定づけました 。
フランス法とドイツ法の実務的な違いは、不動産登記制度に顕著に現れています。フランスでは対抗要件主義が採用されており、登記は第三者に対抗するための要件として位置づけられています 。一方、ドイツでは効力要件主義を採用し、登記がなければ物権変動の効力が生じません。
ドイツの効力要件主義の方が優れていると評価されており、この制度はスイス、オランダ、オーストリア、ハンガリー、エジプトなど多くの国で採用されています 。特に、ドイツの制度では相続の際にも厳格な手続きが要求されるのに対し、フランスでは公証人が作成した相続確認書の作成が義務づけられるものの、移転登記を行わないと民事上の問題が生じるという相違があります 。
日本の法制度は、フランス法とドイツ法の両方から大きな影響を受けています。明治初期には、ボアソナードが中心となって起草された旧民法典にフランス民法典の強い影響が見られましたが、民法典論争の結果、施行されずに終わりました 。
参考)https://www.ndl.go.jp/france/jp/part1/s1_3.html
現行の日本民法典は、主にドイツ民法とフランス民法の混合したものとなっています 。パンデクテン方式を採用した日本の現行民法典は、1896年に公布され1898年に施行されましたが、これは当時起草中であったドイツ民法典第一草案の影響を強く受けています 。
参考)https://www.bizlawjapan.com/wp-content/uploads/japan_houseido_01-2.pdf
興味深いことに、現行民法典の起草者3名のうち2名がフランス留学経験者であったため、条文の内容にはフランス法の影響も随所に見られます 。日本の民法典制定後は、ドイツ民法学の圧倒的影響を受け、ドイツ民法学の法概念・解釈論が多く継受されました(学説継受)。