
イギリスにおける慣習法の歴史は、11世紀のウィリアム大王によるノルマン征服まで遡る 。1066年以降、ノルマン朝は極めて中央集権的な封建国家を確立し、各地の荘園裁判所は国王裁判所の先例に従うことになった 。
参考)https://note.com/toshful/n/n6580708ab287
当初は地方ごとに異なる慣習法が存在していたが、国王の領土において共通して適用されるルールが形成されていったため、「コモン・ロー」(共通の法)と呼ばれるようになった 。12世紀後半から約1世紀の間に、国王裁判所において先例に基づいて体系化されていった 。
参考)https://kotobank.jp/word/%E3%81%93%E3%82%82%E3%82%93%E3%82%8D%E3%83%BC-3152013
14世紀半ばになると、国王裁判所での審理は杓子定規になり、新たな種類の令状や訴訟形式を認めず、手続きも固定化された 。この硬直化により救済を受けられない当事者が増加したため、15世紀以降にエクイティ(衡平法)が導入され、コモンローの欠陥を補完するようになった 。
参考)https://www.businesslawyers.jp/articles/195
慣習法の最も重要な特徴は、判例法主義にある 。これは裁判所の判決に拘束力を認めて、それを第一次的な法源とすることを意味する 。日本のような大陸法系では制定法を解釈したものが判例であるのに対し、英米法では法のルールの基本部分は判例法に求められる 。
参考)http://www.jipa.or.jp/kaiin/kikansi/honbun/2016_11_1521.pdf
コモンローでは「Stare Decisis」(決定された事柄を支持する)という先例拘束原則が中核をなしている 。上位裁判所の判決は下位裁判所を厳格に拘束し、法の一貫性と予測可能性を担保している 。
参考)https://monolith.law/corporate/england-legal-system
不文法である慣習法は成文化されていない法体系であり、慣習化した先例を積み重ねていったものである 。これにより、制定法(成文法)の上位に不文法(慣習法)があることを特質とし、判例法主義の重要な要素となっている 。
参考)https://www.y-history.net/appendix/wh1001-028_2.html
エクイティ(衡平法)は、コモンローの硬直化を補完するために発達した法準則である 。コモンローで解決されない分野に適用される法準則として、より柔軟な救済を提供している 。
15世紀頃から、コモンローの制度によっては認められるべき救済が得られない当事者が、国王に直接訴えて裁量による救済を求めるようになった 。後に大法官(Lord Chancellor)がこうした問題を司るようになり、エクイティ裁判所が設立された 。
現在では、英国も米国も一つの裁判所で両方の裁判を扱っており、コモンローとエクイティが統合されている 。個々の事情に合わせて柔軟な判断を行うことで、より公平な解決を目指すエクイティの理念は、現代の法体系においても重要な役割を果たしている 。
参考)https://keiyaku-office.biz/blog/%E8%8B%B1%E6%96%87%E5%A5%91%E7%B4%84%E6%9B%B8%E3%82%92%E7%90%86%E8%A7%A3%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E8%8B%B1%E7%B1%B3%E6%B3%95%E3%81%AE%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E7%9F%A5%E8%AD%98/
イギリスの不動産制度は、慣習法の影響を強く受けた独特の仕組みを持っている。最も特徴的なのは、建物を土地とは別個の不動産とは考えない点で、そのため建物登記制度が存在しない 。
参考)https://www.bizlawjapan.com/wp-content/uploads/unitedkingdom_houseido_01.pdf
土地所有権についても、ローマ法的な絶対的排他的権利ではなく、国王が土地を封土し、受封者が土地保有態様(tenure)の条件を満たす限りにおいて使用と収益を認める制度として発達した 。土地の自由な処分が認められたのは16世紀以降であった 。
1925年の財産権に関する諸法律により近代化が図られ、一部地域で登記が強制されるようになったが、基本的な土地法制は慣習法的な考え方を維持している 。また、中世の封建的土地保有制度を回避する目的で、エクイティの法たる「信託法」が発達し、現代でも広く利用されている 。
現代のイギリス法において最も権威ある法源は議会制定法(Statutory Legislation)であるが、コモンローは依然として法体系の基盤を形成している 。制定法はコモンローを修正・廃止する権限を持つが、判例の「Ratio Decidendi」(判決の論理的根拠)は真に法的拘束力を持つ要素として機能している 。
慣習法体系の柔軟性は、新しい事態への迅速な対応を可能にする一方で、厳格な先例拘束原則により法の安定性も確保している 。この二つの特性の両立が、コモンローシステム独自の法的発展メカニズムを形成している 。
しかし、判例の積み重ねによる法形成は、時として予測困難性をもたらすという課題もある。特に国際取引においては、成文法体系に慣れた諸外国の法律家にとって理解が困難な場合がある。そのため、現代では重要な法分野において制定法による明文化も進められているが、基本的な法体系としての慣習法の重要性は変わっていない 。