自働債権と受働債権の弁済期における相殺適状の要件と実務

自働債権と受働債権の弁済期における相殺適状の要件と実務

自働債権と受働債権の関係性や弁済期の要件について詳しく解説します。相殺適状の成立条件や実務上の注意点を理解することで、債権回収をスムーズに進めることができます。あなたは相殺の仕組みを正しく理解できていますか?

自働債権と受働債権の弁済期と相殺

相殺の基本知識
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相殺とは

同一当事者間で対立する債権債務を対当額で消滅させる法的手段です。

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自働債権と受働債権

相殺を主張する側の債権が自働債権、相手方の債権が受働債権となります。

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相殺適状の要件

両債権が弁済期にあることなど、相殺が可能な状態を相殺適状といいます。

自働債権と受働債権の基本的な定義と関係性

相殺とは、同一の当事者間で互いに債権債務を有している場合に、それらを対当額で消滅させる法的手段です。この相殺において重要となるのが「自働債権」と「受働債権」という概念です。

 

自働債権とは、相殺を主張する側(相殺の意思表示をする側)が有する債権のことを指します。例えば、AがBに対して「相殺しましょう」と申し出た場合、Aが持っている債権が自働債権となります。英語では「Self-work receivables」と表現され、自分から働きかける債権という意味合いを持ちます。

 

一方、受働債権とは、相殺の意思表示を受ける側が有する債権のことです。先ほどの例でいえば、Bが持っている債権が受働債権となります。英語では「Receiving receivables」と表現され、働きかけを受ける債権という意味合いを持ちます。

 

相殺の場面では、誰が相殺の意思表示をするかによって、同じ債権でも自働債権にも受働債権にもなり得ます。例えば、AがBに100万円の貸金債権を持ち、BがAに100万円の売買代金債権を持っている場合、Aが相殺を主張すればAの貸金債権が自働債権、Bの売買代金債権が受働債権となります。逆にBが相殺を主張すれば、Bの売買代金債権が自働債権、Aの貸金債権が受働債権となります。

 

相殺は当事者の一方からの意思表示によって行われ、その効力は双方の債権が相殺適状になった時点にさかのぼって発生します。これにより、債権者は自己の債権を確実に回収できるというメリットがあります。

 

自働債権と受働債権の弁済期に関する法的要件

相殺を行うためには、自働債権と受働債権が「相殺適状」にあることが必要です。相殺適状とは、相殺が可能な状態を指し、民法505条1項では「双方の債務が弁済期にあるとき」と規定されています。

 

この「双方の債務が弁済期にあるとき」という要件について、最高裁判所は平成25年2月28日の判決で重要な判断を示しました。この判決によれば、既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権が相殺適状にあるというためには、受働債権につき、単に期限の利益を放棄することができるというだけでなく、期限の利益の放棄または喪失等により、その弁済期が現実に到来していることが必要だとされています。

 

つまり、自働債権については弁済期が到来していることが必須条件となります。自働債権の弁済期が来ていないのに相殺できることになると、相手方に不利益を与えてしまうからです。

 

一方、受働債権については、弁済期が到来していなくても、相殺を主張する側(自働債権の債権者)が期限の利益を放棄することで相殺が可能になります。期限の利益とは、債務者が弁済期が到来するまで弁済をしなくてもよいという利益のことで、債務者はこれを放棄することができます(民法136条)。

 

したがって、実務上は自働債権の弁済期が到来していれば、受働債権については期限の利益を放棄することで相殺適状を作り出すことができます。ただし、最高裁判決が示すように、期限の利益の放棄は現実に行われる必要があり、単に放棄できる状態であるだけでは不十分です。

 

自働債権の弁済期と受働債権の期限の利益放棄の関係

自働債権と受働債権の弁済期の関係について、より具体的に見ていきましょう。

 

まず、自働債権の弁済期が到来していることは相殺の絶対条件です。なぜなら、弁済期が来ていない債権を基に相殺を主張することは、債務者の期限の利益を一方的に奪うことになるからです。

 

例えば、AがBに対して100万円の売掛金(支払期日12月27日)を持ち、BがAに対して100万円の貸付金(支払期日6月30日)を持っている場合を考えてみましょう。もし6月30日にAが相殺を主張できるとすると、Bは本来なら年末まで100万円を自由に使える権利があったのに、それを一方的に奪われてしまいます。

 

一方、受働債権については、弁済期が到来していなくても相殺が可能な場合があります。相殺を主張する側(自働債権の債権者)が、受働債権の債務者として期限の利益を放棄すれば、受働債権の弁済期を前倒しにして相殺適状を作り出すことができるからです。

 

例えば、AがBに対して6月1日に弁済期が到来する債権を持ち、BがAに対して6月5日に弁済期が到来する債権を持っている場合、6月1日の時点では「双方の債権が弁済期にある」という条件は満たしていません。しかし、Aが期限の利益を放棄すれば、6月1日の時点でも相殺が可能になります。

 

この仕組みを理解するために、図で考えてみましょう:

textA→B 債権A:弁済期6月1日(自働債権)
B→A 債権B:弁済期6月5日(受働債権)

6月1日時点では、債権Aの弁済期は到来していますが、債権Bの弁済期はまだ到来していません。しかし、Aが期限の利益を放棄すれば、6月1日時点でも相殺が可能になります。

 

なお、期限の利益の放棄は相殺の意思表示に含まれると解されており、別途明示的な意思表示は不要とされています。

 

自働債権と受働債権における相殺禁止の例外事由

相殺適状にあっても、法律上または当事者間の合意によって相殺が禁止される場合があります。以下に主な相殺禁止の例外事由を見ていきましょう。

 

  1. 当事者間の合意による相殺禁止

    当事者間で相殺を禁止または制限する旨の意思表示がある場合、原則として相殺はできません。ただし、この合意を第三者に対抗するためには、第三者が悪意または重過失であることが必要です。

     

  2. 不法行為に基づく損害賠償請求権が受働債権である場合

    悪意による不法行為または人の生命・身体の侵害によって生じた損害賠償請求権が受働債権である場合、相殺はできません。これは、不法行為を誘発する原因となりかねないからです。

     

    例えば、AがBに対して50万円の貸金債権を持ち、BがAの自動車事故でケガをしたことによる50万円の損害賠償請求権を持っている場合、Bからは相殺の主張ができますが、Aからは相殺の主張ができません。

     

  3. 差押え後に取得した債権による相殺禁止

    自働債権が受働債権の差押え後に取得したものである場合、相殺はできません。これは、差押債権者の利益を保護するためです。

     

    例えば、AがBに対して債権を持ち、その債権がCによって差し押さえられた後に、BがAに対して債権を取得した場合、Bはその債権を自働債権として相殺することはできません。

     

  4. 自働債権に抗弁権がついている場合

    自働債権に抗弁権(同時履行の抗弁権など)がついている場合、相殺はできません。これは、抗弁権を持つ相手方の利益を保護するためです。

     

    例えば、売買契約において、代金債権と引渡債権は同時履行の関係にあります。買主が代金債権を自働債権として相殺しようとすると、売主の同時履行の抗弁権が奪われてしまうため、このような相殺は認められません。

     

これらの例外事由は、相殺の公平性を確保し、当事者や第三者の正当な利益を保護するために設けられています。実務上は、これらの例外事由に該当しないか慎重に検討する必要があります。

 

自働債権の時効と相殺適状に関する実務上の注意点

債権の消滅時効と相殺の関係は、実務上非常に重要な問題です。民法508条は「時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる」と規定しています。

 

この規定について、最高裁判所は平成25年2月28日の判決で、民法508条が適用されるためには、消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると判示しました。

 

つまり、時効によって消滅した債権でも、時効完成前に相殺適状にあった場合には相殺が可能です。これは債権者保護の観点から認められた規定です。

 

例えば、AがBに対して貸金債権を持ち、BがAに対して売買代金債権を持っている場合、Aの貸金債権が時効によって消滅したとしても、その時効完成前に両債権が相殺適状にあったのであれば、Aは相殺を主張することができます。

 

ただし、この規定が適用されるためには、以下の条件を満たす必要があります:

  1. 時効によって消滅した債権(自働債権)が、時効完成前に相殺適状にあったこと
  2. 相殺の意思表示が実際に行われること

実務上の注意点としては、相殺適状の時期を明確に把握しておくことが重要です。特に、自働債権と受働債権の弁済期が異なる場合、いつ相殺適状になったのかを正確に判断する必要があります。

 

また、相殺の意思表示は明確に行い、できれば書面で残しておくことが望ましいです。相殺の効力は相殺適状になった時点にさかのぼって発生するため、その時点を特定できるようにしておくことが重要です。

 

さらに、期限の利益喪失条項を契約に盛り込んでおくことも有効な対策です。例えば、債務者が支払いを一回でも遅滞した場合や支払不能状態になった場合に、期限の利益を喪失する旨の条項を設けておけば、相殺の機会を確保しやすくなります。

 

自働債権と受働債権の弁済期に関する実務上の問題と対策

自働債権と受働債権の弁済期に関する実務上の問題点とその対策について考えてみましょう。

 

まず、相殺を効果的に活用するためには、相殺適状を確保することが重要です。特に自働債権の弁済期が到来していることは必須条件となるため、自働債権の弁済期管理は慎重に行う必要があります。

 

実務上よく直面する問題として、自働債権の弁済期が受働債権よりも後に到来する場合があります。この場合、自働債権の弁済期が到来するまで相殺ができないため、その間に受働債権が第三者に譲渡されたり、差し押さえられたりするリスクがあります。

 

このリスクに対処するための方法として、以下の対策が考えられます:

  1. 期限の利益喪失条項の活用

    契約書に期限の利益喪失条項を盛り込んでおくことで、一定の事由が発生した場合に自働債権の弁済期を前倒しにすることができます。例えば、以下のような条項が考えられます:

    text第〇条(期限の利益の喪失)
    乙は、以下の各号に規定する事由に該当した場合には、甲に対する一切の債務について当然に期限の利益を喪失し、直ちに債務を弁済しなければならない。

     

    (1) 債務の分割金もしくは利息金の支払を一回でも遅滞したとき
    (2) 支払不能もしくは支払停止の状態に陥ったとき、または、手形もしくは小切手が不渡りになったとき
    (3) 破産、民事再生、会社更生または特別清算の申立てがあったとき

  2. 取引関係の工夫

    取引関係を構築する際に、自働債権と受働債権の弁済期が適切な関係になるよう工夫することも重要です。例えば、自社が債権者となる取引の弁済期を早め、債務者となる取引の弁済期を遅らせるような交渉を行うことが考えられます。

     

  3. 相殺予約の活用

    将来発生する可能性のある債権債務について、あらかじめ相殺することを合意しておく「相殺予約」を活用することも有効です。ただし、相殺予約は第三者に対抗するためには第三者が悪意または重過失であることが必要なため、その効力には限界があります。

     

  4. 債権譲渡禁止特約の活用

    受働債権が第三者に譲渡されるリスクに対しては、債権譲渡禁止特約を活用することが考えられます。ただし、民法改正により、債権譲渡禁止特約があっても譲受人が善意無重過失であれば譲渡は有効とされるため、完全な対策とはなりません。

     

  5. 相殺の意思表示のタイミング

    相殺適状になった場合、できるだけ早く相殺の意思表示を行うことが重要です。相殺の意思表示が遅れると、その間に受働債権が第三者に譲渡されたり、差し押さえられたりするリスクが高まります。

     

これらの対策を適切に組み合わせることで、自働債権と受働債権の弁済期に関するリスクを