
被保佐人とは、民法上の制限行為能力者の一種で、事理弁識能力が著しく不十分な状況にあり、家庭裁判所の保佐開始の審判を受けた者を指します。一般的には、軽度の認知症や知的障害、精神障害などにより、重要な財産行為について十分な判断ができない方が該当します。
被保佐人の特徴として重要なのは、成年被後見人と異なり、原則として単独で法律行為を行うことができる点です。日常生活に関する行為については、保佐人の同意なく有効に行うことができます。例えば、食料品や日用品の購入などは、被保佐人が単独で行えます。
被保佐人制度は、判断能力が不十分な方の財産を保護しつつ、可能な限り本人の自己決定権を尊重するという理念に基づいています。制限の程度としては、成年被後見人(最も重い)、被保佐人(中程度)、被補助人(比較的軽い)の順になっています。
被保佐人が不動産取引を行う場合、保佐人の同意が必要となります。民法第13条第1項では、被保佐人が以下のような重要な財産行為を行う際には、保佐人の同意が必要と定めています。
特に宅建業に関連する不動産取引においては、売買契約や賃貸借契約の締結、抵当権の設定などが保佐人の同意を要する行為に該当します。
被保佐人が保佐人の同意なく行った上記の行為は、直ちに無効になるわけではなく、「取消可能」な状態となります。つまり、被保佐人自身または保佐人が後からその行為を取り消すことができます。
宅建業者が被保佐人と取引を行う際には、以下の点に注意する必要があります。
宅建業者は、取引相手が制限行為能力者であるかどうかを事前に確認することが重要です。特に高齢者との取引では、判断能力の低下に注意を払う必要があります。
被保佐人との不動産取引を行う場合、保佐人の同意を得ていることを確認し、同意書などの書面を取得しておくべきです。
保佐人の同意なく契約を締結した場合、後日取り消される可能性があります。この場合、原状回復義務が生じるため、取引の安全性が損なわれます。
被保佐人が「自分は制限行為能力者ではない」と偽って(詐術)取引した場合、例外的に取消権が制限されます。ただし、宅建業者側でこの事実を立証するのは困難なケースが多いでしょう。
宅建業者としては、取引の安全と顧客保護の観点から、相手方の行為能力に疑問がある場合には、家族や関係者への確認、必要に応じて成年後見制度の利用を提案するなどの対応が求められます。
2019年6月に公布された「成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律」により、宅地建物取引業法も改正されました。この改正により、成年被後見人や被保佐人であることを理由に宅建業の免許を取得できないという欠格事由が見直されました。
改正前は、成年被後見人と被保佐人は宅建業の免許を取得できませんでしたが、改正後は、単に成年被後見人や被保佐人というだけでは免許が制限されなくなりました。これは、成年被後見人等の権利擁護と社会参加の促進を目的とした改正です。
ただし、被保佐人が宅建業者として業務を行う場合の特殊なケースについて理解しておく必要があります。
被保佐人が宅建業者として行う取引については、商法上の商行為に該当する可能性があり、この場合は保佐人の同意がなくても取り消せない場合があります。
免許申請時には、業務を適正に遂行するための能力の有無が実質的に判断されます。単に被保佐人であることだけでなく、実際の業務遂行能力が問われます。
宅建業者には事務所ごとに宅建士を設置する義務がありますが、被保佐人が宅建士として業務を行う場合の能力判断も重要な論点となります。
被保佐人が保佐人の同意なく行った重要な財産行為が後に取り消された場合、その法的効果について理解しておくことが重要です。
取引が取り消された場合、両当事者は受け取ったものを返還する原状回復義務を負います。例えば、不動産売買契約が取り消された場合、買主は不動産を返還し、売主は受け取った代金を返還する必要があります。
取消しの効果は遡及するため、契約は初めから無効であったものとみなされます。ただし、これは当初から「無効」だったわけではなく、「取消し」によって遡及的に効力を失うという点に注意が必要です。
取消しにより、当該取引に基づいて生じた第三者の権利にも影響が及ぶ可能性があります。例えば、被保佐人が同意なく売却した不動産をさらに第三者に転売していた場合、原則としてその転売も無効となります。
被保佐人は、取消しにより返還すべき利益が現存している限度でのみ返還義務を負います(民法121条)。これは制限行為能力者保護のための規定です。
実務上のポイントとして、被保佐人との取引が取り消されるリスクを避けるためには、保佐人の同意を書面で得ておくことが重要です。また、被保佐人が詐術を用いた場合(自分は制限行為能力者ではないと偽った場合)は例外的に取消権が制限されますが、この事実を立証するのは難しいため、事前の確認が重要となります。
宅建試験では、制限行為能力者に関する問題が頻出しており、特に被保佐人に関する以下のポイントが重要です。
不動産の売買や賃貸借など、重要な財産行為には保佐人の同意が必要ですが、日用品の購入などの日常生活に関する行為には同意は不要です。この区別は宅建試験でよく問われます。
保佐人の同意が必要な行為を同意なく行った場合、その行為は当初から無効ではなく、取消可能な状態となります。この「無効」と「取消可能」の区別は重要なポイントです。
被保佐人が詐術を用いて相手方を欺いた場合、取消権が制限されるという例外規定についても理解が必要です。
保佐人は、取消権、同意権、追認権を有しますが、代理権は原則として有していません。代理権が必要な場合は、被保佐人本人の同意を得た上で、家庭裁判所の審判により特定の法律行為について代理権が付与されます。
成年被後見人等の権利制限の見直しにより、被保佐人も宅建業の免許を取得できるようになった点も、最近の試験では重要なトピックとなっています。
宅建試験の過去問を分析すると、被保佐人に関する問題は平成15年、17年、20年、22年、28年など複数回出題されており、特に「保佐人の同意が必要な行為の範囲」と「同意なく行われた行為の効力」に関する問題が多いことがわかります。
宅建業者が被保佐人との取引を安全に行うための実務上の対応策について考えてみましょう。
これらの対応策を実施することで、被保佐人との取引における法的リスクを軽減し、双方にとって安全な取引を実現することができます。特に不動産取引は高額であることが多いため、慎重な対応が求められます。
高齢化社会の進展に伴い、認知症等により判断能力が低下した方との不動産取引は今後ますます増加すると予想されます。こうした状況を踏まえ、被保佐人制度と宅建業の関係について、今後の展望を考えてみましょう。
オンライン取引が増える中、非対面での取引における本人確認だけでなく、行為能力の確認方法も課題となっています。今後は、マイナンバーカードと連携した後見等登録制度の活用や、AIによる判断能力評価システムなど、新たな技術を活用した確認方法が発展する可能性があります。
政府は成年後見制度利用促進基本計画を策定し、制度の利用を推進しています。宅建業者も、判断能力に不安のある顧客に対して成年後見制度の情報提供を行うなど、制度利用の入口としての役割を担うことが期待されています。
近年の成年後見制度は、本人の意思決定支援を重視する方向に進んでいます。宅建業者も、被保佐人等との取引において、単に保佐人の同意を得るだけでなく、本人の意向を尊重した取引プロセスを構築することが求められるでしょう。
2019年の法改正により、被保佐人も宅建業免許を取得できるようになりましたが、実務上はまだ課題も多いと考えられます。今後は、宅建業法と民法(成年後見制度)の調和を図るための実務指針やガイドラインの整備が進むことが期待されます。
被保佐人との適切な取引のためには、宅建業者、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門家連携が重要です。特に地域包括ケアシステムの中で、不動産取引に関する専門家ネットワークの構築が進むことが予想されます。
法務省:成年後見制度の最新情報
高齢化社会における不動産取引の安全性と本人の権利保護の両立は、今後の宅建業における重要な課題となるでしょう。宅建業者は、法的知識の習得だけでなく、高齢者や障害者とのコミュニケーション能力の向上など、多面的なスキルアップが求められています。