
医師法第24条第1項は「医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない」と明確に規定しており、これが診療録記載義務の法的根拠となっています 。この規定は、診療録が適切な医療を行うための基本的な資料であり、患者にとって重要な記録であることから、医師にその作成・保存を義務づけているものです 。
参考)https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/tohoku/gyomu/bu_ka/shido_kansa/documents/01.pdf
「遅滞なく」記載するという要件により、診療を行った時点での医師の認識を適時に記録することが求められます 。これは後日の診療経過の把握や医療訴訟における証拠としての性質にも深く関わっています 。診療録記載は単なる努力目標ではなく、法的責任を伴う義務として位置づけられています 。
参考)https://fukuzaki-law.jp/iryouhoumu/66/
医師法の規定により、診療録は医師の手控え的な性格を持ちながらも、患者の適切な医療のための基本資料として法的に保護された文書となっています 。この義務は保険診療においても療養担当規則第22条により同様に規定されており、診療報酬請求の根拠としても重要な意味を持ちます 。
参考)https://www.senkensoi.net/feature/feature1/4726/
医師法施行規則第23条では、診療録に記載すべき具体的事項として以下の4項目を定めています:①診療を受けた者の住所、氏名、性別及び年齢、②病名及び主要症状、③治療方法(処方及び処置)、④診療の年月日 。これらの記載事項は診療の事実を客観的に記録するために必要不可欠な要素となっています。
参考)https://medical.segou-partners.com/column/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86%E3%81%AE%E8%A8%98%E8%BC%89%E4%BA%8B%E9%A0%85%E3%81%A8%E4%BF%9D%E5%AD%98%E6%9C%9F%E9%96%93/
一般的な診療現場では、これら法定記載事項に加えて、患者の基本情報、現病歴、既往歴、家族歴、社会歴、嗜好、アレルギー情報、身体所見、検査結果、治療方針などの詳細な情報も記録されることが多く、これにより包括的な診療記録が作成されます 。SOAP(Subject, Object, Assessment, Plan)方式による記載も広く採用されており、主観的情報、客観的情報、評価、計画を体系的に記録する手法として確立されています 。
参考)https://www.yuyama.co.jp/column/medicalrecord/medicalrecord-write/
診療録の様式については、医師法施行規則で定める様式第1号またはこれに準ずる様式を使用することとされていますが、医療機関独自の様式でも各欄がすべて具備されていれば認められています 。ただし、労務不能に対する意見や業務災害・通勤災害の欄が省略されることがあるため、完備することが求められます 。
参考)https://www.chiba.med.or.jp/personnel/medical/download/medical_records.pdf
医師法第24条第2項により、診療録の保存期間は5年間と定められており、病院・診療所に勤務する医師の診療に関するものはその管理者において、その他の診療については当該医師において保存しなければなりません 。この保存義務は単なる推奨ではなく、法的拘束力を持つ義務として規定されています。
参考)https://www.jaog.or.jp/note/3-%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86%E8%A8%98%E8%BC%89/
保存期間の計算は、診療録作成日からではなく、最後の診療日から起算されることが一般的な解釈とされており、継続的な診療の場合は最終診療日から5年間の保存が必要となります 。実務上は、医療訴訟のリスクを考慮して20年以上の保管を行う医療機関も多く見られます 。
参考)https://www.phchd.com/jp/medicom/park/tech/ehr-servicelife
電子診療録の場合も紙媒体と同様に5年間の保存義務が適用され、さらに電子保存の三原則である「真正性」「見読性」「保存性」を満たすことが求められます 。災害や事故により診療録が消失した場合でも、故意・重過失でない限り直ちに罰則適用となるわけではありませんが、適切な管理体制の構築が重要です 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta0961amp;dataType=1amp;pageNo=1
医師法第33条の2第1項により、診療録の記載・保存義務に違反した者は50万円以下の罰金に処せられます 。この罰則規定は、診療録記載義務の重要性を示すとともに、医師の職業倫理としての側面も持っています。罰金刑は経済的な打撃だけでなく、医師としての信用失墜や行政処分のリスクも伴います。
参考)https://srmk.co.jp/medical-record-retention/
違反が発覚した場合、保健所などからの指導・監査の対象となり、重大な場合には保険医療機関指定の取り消しリスクも存在します 。さらに、医療過誤訴訟において適切な診療を証明する証拠がない場合、医師側に不利な判断がなされる可能性が高まります 。診療録の記載不備は法律違反であると同時に、医療行為の正当性を認めてもらう上で大きな障害となります。
参考)http://www.kurokilaw.com/qanda/qanda-4.htm
医師法違反による刑事罰に加えて、民事上の責任追及や行政処分の可能性もあり、診療録の適切な記載・保存は医療機関運営の根幹に関わる重要事項となっています 。コンプライアンス遵守の観点からも、組織的な記録管理体制の構築が不可欠です。
参考)https://clius.jp/mag/2025/05/07/clinic-paper-save/
診療録記載義務は医師法のみならず、保険診療においては療養担当規則第22条、医療法第21条・同法施行規則第20条による諸記録作成義務とも密接に関連しています 。これらの法令により、病院日誌、各科診療日誌、処方せん、手術記録、看護記録、検査所見記録、エックス線写真などの包括的な記録保存が義務付けられています。
参考)https://www.gslaw.jp/columns-corporate/record/
医療訴訟においては、診療録等により診療経過や患者の状態が認定され、医師の過失の有無や医療行為と結果との因果関係が判断されることから、診療記録の法的な位置づけは極めて重要です 。診療録の記載内容は、後日改変されたと認められる特段の事情がない限り、その真実性が担保されているものとして扱われます 。
個人情報保護法との関係では、診療記録は患者の重要な個人情報として厳格な管理が求められ、適切な取扱いを怠った場合には同法に基づく勧告・命令・罰金の対象となる可能性もあります 。また、診療情報の提供に関する指針により、患者への情報開示の観点からも適切な記録作成が求められています 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0623-15m.html