
行政代執行法第1条は「行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律の定めるところによる」と規定し、同法が義務履行確保の一般法となっています。
行政代執行の根拠となる法的基盤について、行政代執行法第2条は重要な規定を設けています。同条では「法律(法律の委任に基づく命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為」について代執行できると明記されています。
この条文を素直に読むと「条例」は法律の個別の委任に基づく「条例」に限ると解釈できます。しかし、実務においては異なる解釈が確立されています。
条例による代執行の法的根拠の拡大解釈
条例で代執行の前提となる義務賦課行為ができないとすると、条例が地域の自主立法であるとする憲法の理念に適さないという問題が生じます。そのため、実務では法律の委任に基づく条例に限らず自主条例も含める解釈論で対応されています。
この解釈により、地方自治体が独自に制定した条例であっても、一定の要件を満たせば行政代執行の根拠となることが可能となっています。ただし、行政代執行法第1条の「別に法律で定めるもの」には条例は含まれないため、条例で法律よりも簡易な手続きで代執行を実施する規定を設けることはできません。
空家等対策における条例の活用例
実際の条例活用例として、大仙市空き家等の適正管理に関する条例があります。この条例では第14条において「市長は、前条例第1項の規定による措置を命じられた者がその措置を履行しないときは、行政代執行法(昭和23年法律第43号)の定めるところに従い、その者の負担において、その措置を代執行することができる」と規定しています。
また、空家等対策の推進に関する特別措置法第14条第9項では、行政代執行法の要件を緩和した「緩和代執行」の制度を設けており、市町村長が必要な措置を命じた場合において、その措置を命ぜられた者が措置を履行しないとき、履行しても十分でないとき、または期限までに完了する見込みがないときに代執行できるとしています。
行政代執行法第2条の「法律の委任に基づく命令、規則及び条例」という文言について、学説と実務の解釈が分かれているのが現状です。
個別委任説と包括委任説
個別委任説では、行政代執行を行うためには個々の法律が明示的に条例への委任を規定している必要があるとします。一方、包括委任説では地方自治法第14条の包括的授権による条例も含まれるとする解釈です。
実務では包括委任説が採用されており、これにより自治体は地域の実情に応じた条例を制定し、それを根拠として行政代執行を実施することが可能となっています。この解釈は、憲法が保障する地方自治の本旨に合致するものと評価されています。
条例制定における注意点
条例を制定する際は、以下の点に注意が必要です。
特に不動産関係では、建築物の除却、修繕、環境整備等が主な対象となるため、これらの作業が「代替的作為義務」に該当することを条例上明確にしておくことが重要です。
行政代執行法第2条により、代執行できる義務は代替的作為義務に限定されています。この要件は条例を根拠とする場合でも同様に適用されます。
代替的作為義務の判定基準
代替的作為義務とは、義務者本人でなくても他の者が代替して履行できる作為義務を指します。具体例として以下があります:
✅ 代替可能な義務
❌ 代替不可能な義務
不動産業務における具体的適用
不動産分野では以下のような条例上の義務が代替的作為義務として認められています。
🏠 空き家関連
🏢 建築物関連
🌱 環境関連
判断が困難なケース
一定の義務履行のための方法が選択的に存在する場合は、代替的といえるかどうかの判断が困難な場合もあります。例えば、公害発生施設の改善命令などがこれに該当します。
このような場合、条例制定時に義務内容をより具体的に規定し、代替性を明確にしておくことが重要です。また、複数の改善方法がある場合は、どの方法でも代執行可能であることを明示しておくと良いでしょう。
行政代執行を実施するためには「義務の不履行を放置することが著しく公益に反すること」という公益性要件を満たす必要があります。この要件は条例を根拠とする場合でも同様に適用されます。
公益性要件の判断基準
公益性の判断については行政庁に裁量がありますが、以下のような具体的危険が存在する場合に要件を満たすとされています:
🚨 生命への危険
🏘️ 近隣への影響
🌍 環境への影響
実務における判断ポイント
実際の代執行実施にあたって、自治体は以下の点を総合的に考慮して公益性を判断します。
📊 緊急性の評価
⚖️ 比例原則の検討
条例における公益性要件の明文化
条例制定時には、どのような状況で公益性要件を満たすかを具体的に規定することが推奨されます。例えば。
第○条 市長は、次の各号のいずれかに該当する場合において、公益上著しく支障があると認めるときは、代執行を行うことができる。
(1) 建築物等の倒壊により通行人等に危害を及ぼすおそれがあるとき
(2) 衛生上有害な動植物が大量発生し、近隣住民の健康に影響を及ぼすおそれがあるとき
(3) 火災、爆発その他の事故が発生するおそれがあるとき
このような規定により、代執行の判断基準が明確化され、適正な行政運営と住民の権利保護の両立が図られます。
行政代執行以外にも、行政上の義務履行確保には複数の手段が存在します。条例を根拠とする場合でも、これらの手段との適切な使い分けが必要です。
履行確保手段の体系
🔧 行政代執行
⚡ 即時強制
💰 行政上の強制徴収
⚖️ 執行罰
不動産業務における使い分けの実例
🏠 空き家対策の場合
🏢 違法建築対応の場合
条例制定時の注意事項
条例を制定する際は、各履行確保手段の特性を理解し、適切な手段を選択できるよう規定することが重要です。
📝 手続きの明確化
⚖️ 権利保護の配慮
この使い分けにより、効果的かつ適法な義務履行確保が可能となり、住民の権利保護と公益の実現を両立させることができます。
行政代執行に要した費用の徴収は、代執行制度の実効性を確保する重要な要素です。条例を根拠とする代執行においても、費用徴収に関する適切な規定が必要となります。
費用徴収の法的根拠
行政代執行法第5条により、代執行に要した費用は「国税滞納処分の例により、これを徴収することができる」とされています。また、同条第2項では「代執行に要した費用については、行政庁は、国税及び地方税に次ぐ順位の先取特権を有する」と規定されています。
条例における費用徴収規定の要点
💰 費用の範囲
📋 徴収手続きの明確化
第○条 代執行に要した費用は、次に掲げる費用とする。
(1) 代執行に直接要した作業費用
(2) 代執行のために必要な調査、設計等の費用
(3) 現場管理その他の間接的費用
(4) その他市長が必要と認める費用
第○条 前条の費用の徴収は、国税滞納処分の例による。
特殊な論点:所有者不明土地での代執行
近年増加している所有者不明土地において代執行を行う場合、費用徴収に特別な配慮が必要です。
🔍 相続人調査の費用
⚖️ 費用回収の困難性
実務上の工夫事例
一部の自治体では、代執行費用の確実な回収を図るため、以下のような工夫を行っています。
🏦 代執行保証金制度
📊 段階的費用徴収
費用徴収における権利保護
代執行費用の徴収は強力な手段であるため、義務者の権利保護にも配慮が必要です。
📞 事前通知の充実
⚖️ 適正手続きの確保
このような総合的な制度設計により、代執行制度の実効性と公正性を両立させることが可能となります。不動産業界においても、これらの制度を理解し、適切な対応を行うことが求められています。