
民法21条では、「制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術を用いたときは、その行為を取り消すことができない」と規定されています。この条文は、制限行為能力者制度の例外として位置づけられています。
詐術とは、簡単に言えば「嘘をつく」ことです。民法上では嘘をつくことを詐術と表現し、英語では「falsification」と表記されます。この「falsification」には、詐術の他に「改ざん」や「偽物」といった意味も含まれています。
制限行為能力者制度は本来、未成年者や成年被後見人など判断能力が不十分な人々を保護するための制度ですが、これらの人々が詐術を用いた場合にまで保護する必要はないという考え方に基づいています。つまり、嘘をついて行った行為までフォローする必要はないという法の解釈があるのです。
詐術の具体例としては、未成年者が成人であると偽ったり、成年被後見人が法定代理人の同意書を偽造したりするケースが挙げられます。このような場合、制限行為能力者は後から「実は制限行為能力者だった」として契約を取り消すことができなくなります。
制限行為能力者の詐術に関する最も重要な判例は、最高裁昭和44年2月13日判決です。この判決は、詐術の解釈において重要な先例となっています。
この判決では、「無能力者であることを黙秘することは、無能力者の他の言動などと相まって、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときには、民法20条(現行民法21条)にいう『詐術』にあたるが、黙秘することのみでは右詐術にあたらない」と判示されました。
つまり、単に制限行為能力者であることを黙っているだけでは詐術には当たりませんが、その黙秘が他の言動と組み合わさって相手方に誤った認識を与えたり、その誤認を強めたりした場合には詐術に該当するということです。
例えば、19歳の人が時給の良いお酒を提供する店で働く際に、年齢確認をされなかったものの、「成人式の時には振袖を着た」「私が20歳の頃は○○だった」などの発言を繰り返した場合、これらの発言が雇い主の誤解を強めたものとして、年齢を詐称したことに該当します。
この判例は、宅建試験でも頻出の論点となっており、制限行為能力者との取引において実務上も非常に重要な指針となっています。
詐術には「積極的詐術」と「消極的詐術」の2つのタイプがあります。これらの違いを理解することは、宅建業務において制限行為能力者との取引リスクを適切に管理するために重要です。
積極的詐術とは、制限行為能力者が積極的に嘘をつく行為を指します。例えば、未成年者が「私は20歳です」と明確に年齢を偽ったり、身分証明書を偽造したりする行為がこれに該当します。このような場合、明らかに詐術に当たり、取消権は制限されます。
一方、消極的詐術とは、制限行為能力者が自分の状態について黙っている場合を指します。最高裁判例によれば、単に黙っているだけでは詐術には当たりません。例えば、未成年者が取引の際に年齢を聞かれなかったため黙っていた場合、これだけでは詐術に当たらず、取消権は制限されません。
しかし、消極的詐術でも、その黙秘が他の言動と相まって相手方を誤信させた場合には詐術に該当します。例えば、未成年者が大人びた服装や態度で現れ、成人向けの会話に積極的に参加するなど、年齢を誤解させるような行動をとった場合、単なる黙秘を超えて詐術と判断される可能性があります。
宅建業者としては、取引相手の年齢や行為能力について明確に確認することが重要です。特に高額な不動産取引においては、相手方の行為能力について慎重に確認し、必要に応じて法定代理人の同意を得るなどの対応が求められます。
制限行為能力者の詐術が認められた具体的な判例事例を分析することで、実務上の指針を得ることができます。以下に、いくつかの重要な判例事例を紹介します。
この判例では、制限行為能力者が自分が制限行為能力者であることを隠さず、保護者(後見人、保佐人、補助者)の同意があるかのように信じさせた場合も、詐術に該当すると判断されました。つまり、単に年齢を偽るだけでなく、法定代理人の同意があると偽る行為も詐術に該当します。
未成年者が独立して営業をなすことを信じさせるために、商業帳簿などを示した場合に、詐術にあたるとされました。この判例は、書類や証拠を示すような積極的な行為が詐術に該当することを明確にしています。
この判例では、未成年者については、その財産保護の見地から、単なる沈黙や制限行為能力者であることを否定した程度では詐術にあたるとはいえず、かなりの積極性を要すると解釈されました。
一方で、詐術が認められなかった事例として、京都地裁平成25年5月23日判決があります。この事例では、16歳の少年が風俗営業店(いわゆるキャバクラ)で大人びた態度で平然と飲酒遊興した場合であっても、民法21条にいう「詐術を用いたとき」に当たらないとして、民法5条2項に基づく取消しが認められました。
これらの判例から、詐術の認定には、行為の積極性や意図性、相手方の誤信の程度などが総合的に考慮されることがわかります。宅建業者としては、取引相手の行為能力について疑義がある場合には、積極的に確認することが重要です。
宅建業者が制限行為能力者との取引でリスクを適切に管理するためには、以下のような実務対応が重要です。
不動産取引においては、契約締結前に取引相手の年齢や行為能力を確認することが基本です。具体的には以下の対応が推奨されます。
制限行為能力者と取引する場合は、以下のような対応が必要です。
制限行為能力者による詐術のリスクに対応するためには、以下の点に注意が必要です。
契約書面においても、以下のような工夫が考えられます。
これらの対応策を適切に実施することで、制限行為能力者との取引におけるリスクを軽減し、安全な不動産取引を実現することができます。また、万が一トラブルが発生した場合でも、適切な対応をとっていたことを証明できるよう、取引の過程を記録しておくことが重要です。
制限行為能力者の詐術に関する問題は、宅建試験において頻出の論点です。過去の出題傾向を分析し、効果的な対策を立てることが合格への近道となります。
民法21条の条文「制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術を用いたときは、その行為を取り消すことができない」を正確に理解し、暗記しておきましょう。
最高裁昭和44年2月13日判決の要旨「無能力者であることを黙秘することは、無能力者の他の言動などと相まって、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときには、詐術にあたるが、黙秘することのみでは詐術にあたらない」を理解しておくことが重要です。
未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人の違いと、それぞれの保護者(親権者、後見人、保佐人、補助人)の権限を整理して理解しておきましょう。
過去問や予想問題を解きながら、具体的な事例における詐術の該当性を判断する練習をしましょう。特に、「積極的詐術」と「消極的詐術」の違いを理解し、どのような場合に取消権が制限されるかを考えることが重要です。
制限行為能力者制度の目的や、取消権の行使方法、追認の効果など、関連する論点も併せて理解しておくことで、総合的な理解が深まります。
平成20年度宅地建物取引士資格試験では、以下のような問題が出題されました。
「被保佐人が、保佐人の同意又はこれに代わる家庭裁判所の許可を得ないでした土地の売却は、被保佐人が行為能力者であることを相手方に信じさせるため詐術を用いたときであっても、取り消すことができる。」
この問題の正解は「誤り」です。被保佐人が詐術を用いた場合、民法21条により取消権は制限されるためです。
このように、制限行為能力者の詐術に関する問題は、条文や判例の正確な理解を問うものが多いため、基本的な法律知識をしっかりと身につけることが重要です。