
令和2年(2020年)7月17日に公布され、同年8月28日に施行された宅地建物取引業法施行規則の一部改正により、不動産取引時の重要事項説明において、水防法に基づき作成された水害ハザードマップにおける対象物件の所在地を説明することが義務化されました。
この改正の背景には、近年の大規模水災害の頻発があります。特に2018年の西日本豪雨や2019年の台風第19号など、甚大な被害をもたらした水災害を受けて、不動産取引時においても水害リスクに係る情報が契約締結の意思決定を行う上で重要な要素となったことが挙げられます。
水防法に基づくハザードマップとは、単純に「水害ハザードマップ」という名称のマップが存在するわけではありません。実際には以下の3つのハザードマップを総称したものです:
水防法に基づくハザードマップとして認められるためには、厳格な要件があります。洪水ハザードマップを例にすると、以下の要件を満たす必要があります:
都道府県が作成した「洪水浸水想定区域図」の段階では、まだ「水防法に基づく洪水ハザードマップ」ではありません。市町村が地域の避難場所や避難経路などの情報を加えることによって、初めて「水防法に基づく洪水ハザードマップ」となります。
宅地建物取引業者は、重要事項説明時に以下の対応が求められます:
必須事項。
推奨事項。
ハザードマップの入手方法として、各市町村のホームページから最新版を入手するか、国土交通省の「ハザードマップポータルサイト」を活用することができます。
重要な注意点として、水防法に基づかないハザードマップも存在することを理解しておく必要があります。例えば:
このような「水防法に基づかないハザードマップ」であっても、重要事項説明書には「無」にチェックを入れた上で必ず添付し、対象物件の所在地を示して説明する必要があります。万一これを怠ると、宅地建物取引業法第47条第1号ニ(重要事項の不告知)違反となり、民事賠償請求や刑事罰、行政処分の対象となる可能性があります。
水防法におけるハザードマップ作成の法的根拠は、水防法第15条第3項に明確に規定されています。市町村は、浸水想定区域等について住民等に周知するため、所定の事項を記載した印刷物(ハザードマップ)を作成する必要があります。
宅地建物取引業者が説明義務を怠った場合の法的リスクは深刻です。宅地建物取引業法第35条(重要事項の説明等)の義務違反だけでなく、同法第47条第1号ニ(重要事項の不告知)違反にも該当する可能性があります。これにより以下のリスクが発生します:
特に、水害が実際に発生し、契約者が被害を受けた場合、説明義務違反による責任追及は避けられません。
水防法に基づくハザードマップの説明義務化は、不動産市場に大きな影響を与えています。浸水想定区域内の物件は、従来よりもリスクが明確化され、価格形成にも影響を与える傾向があります。
市場への影響。
今後の展望。
水防法の改正は一度限りではありません。気候変動による水災害リスクの増大を背景に、さらなる規制強化が予想されます。特に、津波ハザードマップの追加や、より詳細な説明義務の拡大が検討される可能性があります。
また、国土交通省では「『わかる・伝わる』ハザードマップのあり方について」という指針を策定し、より効果的な情報伝達方法の検討を進めています。これにより、将来的には現在の説明方法がより厳格化される可能性もあります。
不動産業者としては、単に法的義務を満たすだけでなく、契約者の生命・財産を守るという観点から、積極的な情報提供と適切な説明を心がけることが重要です。水防法に基づくハザードマップの説明義務化は、不動産業界全体の社会的責任の向上を促す重要な制度改正といえるでしょう。