
宅建業務において、任意規定と強行規定の違いを正確に理解することは、適切な契約書作成の基礎となります。任意規定とは、法律の規定があっても、それと異なる特約や個別契約をした場合は、その特約や個別契約が優先される規定のことです。一方、強行規定は当事者の意思に左右されることなく強制的に適用される規定で、これに反する特約は無効となります。
民法第91条では「法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定(任意規定)と異なる意思を表示したときは、その意思に従う」と定められており、これが契約自由の原則の根拠となっています。しかし、この原則は契約当事者が対等の関係にあることを前提としているため、実際には知識や立場に格差がある場合が多く、弱者保護の観点から多数の強行規定が存在します。
任意規定は補助規定あるいは解釈規定とも呼ばれ、当事者の合理的意思解釈を助けるものとして規定されています。民法では、契約に関する条文の多くが任意規定として位置づけられており、当事者の意思によって自由に内容を変更することができます。
宅建業法では、取引の公正性と消費者保護の観点から、多くの強行規定が設けられていますが、一方で任意規定として扱われる部分も存在します。特に重要なのは、売主の属性によって任意規定と強行規定が使い分けられることです。
売主が個人の場合、担保責任に関する規定は任意規定として扱われます。民法第566条では、売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合、買主がその不適合を知った時から1年以内に売主に通知しないときは請求できないとされています。しかし、この期間は契約書の特約で変更することが可能で、一般的な不動産売買契約書では「引き渡しから3ヶ月」に短縮されることが多いです。
商人間売買の場合も任意規定が適用されるケースがあります。商法第526条では、商人間の売買において買主は目的物を受領したときは遅滞なく検査し、不適合を発見した場合は直ちに売主に通知しなければならないとされています。この規定も任意規定であるため、契約書の特約で商法第526条を適用しない旨を定めることができます。
売主の属性別適用規定
売主の属性 | 適用法令 | 規定の性質 | 変更可能性 |
---|---|---|---|
個人 | 民法 | 任意規定 | 特約で変更可能 |
法人(商人) | 商法 | 任意規定 | 特約で変更可能 |
宅建業者 | 宅建業法 | 強行規定 | 変更不可(買主に不利な場合) |
宅建業法第37条書面(契約書)には、必ず記載しなければならない必要的記載事項と、取り決めのある場合にだけ記載する任意的記載事項があります。任意的記載事項は、契約当事者間で合意があった場合に記載するもので、ここに任意規定の考え方が反映されています。
任意的記載事項の主な内容。
これらの任意的記載事項は、当事者間で特別な取り決めがない限り記載する必要がありません。しかし、取り決めがある場合は必ず記載しなければならず、記載漏れは宅建業法違反となる可能性があります。
注目すべきは、37条書面の作成交付に関するルールは8種制限ではないため、宅建業者間の取引でも適用されることです。これは、任意的記載事項についても宅建業者間で例外扱いされないことを意味します。
実務上の重要なポイントとして、任意的記載事項に該当する内容であっても、重要事項説明では説明が不要な場合があります。例えば、契約の解除に関する内容は37条書面には記載が必要ですが、重要事項説明では必ずしも説明する必要がありません。
担保責任の取り扱いは、売主の属性によって任意規定と強行規定の境界が明確に分かれる重要な分野です。宅建業法第40条は、売主が宅建業者の場合の担保責任について強行規定を定めており、これより買主に不利な特約は無効となります。
宅建業法第40条の要点。
興味深いことに、この強行規定に違反した特約が無効となった場合、民法の規定が適用され、買主が不適合を発見してから1年以内であれば請求可能となる可能性があります。これは売主である宅建業者にとって、より不利な結果を招く可能性があるため、注意が必要です。
一方、売主が個人の場合は任意規定が適用されるため、担保責任を完全に免責する特約も有効です。ただし、売主が引き渡し時に不適合を知っていた場合や重大な過失があった場合は、免責特約があっても責任を免れることはできません。
担保責任の適用パターン。
宅建業者が関与する取引では、この境界線を正確に理解し、適切な契約書作成を行うことが法的リスクの回避につながります。
任意規定の適用において最も重要なのは、契約書作成時のリスク管理です。任意規定は当事者間で自由に変更できる反面、適切な対応を怠ると予期しない法的リスクが発生する可能性があります。
契約書作成時の注意点。
実務において見落としがちなのが、任意規定であっても公序良俗に反する特約は無効となることです。特に、一方当事者に著しく不利な条項や、法の趣旨を潜脱するような条項は、裁判所によって無効と判断される可能性があります。
リスク回避のための実務対応。
また、令和6年の宅地造成及び特定盛土等規制法(盛土規制法)の施行など、法改正により新たな規制が導入される場合があります。このような法改正は、従来任意規定として扱われていた事項が強行規定化される可能性もあるため、継続的な情報収集が必要です。
法改正対応のポイント。
不動産取引は高額な取引であり、知識の格差が大きな損失につながる可能性があります。宅建業者には、適切な説明義務と契約書作成義務があるため、任意規定の適用についても十分な注意を払う必要があります。
宅建業法や借地借家法などの参考情報はこちらで確認できます。
神奈川県宅建協会:無効な特約例と留意点
最終的に、任意規定の適用は契約自由の原則に基づく重要な権利ですが、その行使には慎重さが求められます。適切な知識と実務経験を積み重ね、信頼できる取引を実現することが、宅建業者としての責務といえるでしょう。