
賃借人が死亡し相続人が存在しない場合、法律上、賃借人の権利義務は相続財産法人が引き継ぐことになります。民法951条により、相続人のいない被相続人の財産は相続財産法人となり、自動的に契約が終了するわけではありません。
賃貸人としては、この相続財産法人に対して賃貸借契約の解除や未払い賃料の回収を求める必要があります。しかし、相続財産法人の財産を勝手に処分すると、民事上・刑事上の責任を問われる可能性があるため、適切な手続きが不可欠です。
相続財産法人の財産管理には、家庭裁判所により選任される相続財産清算人が必要となります。この清算人は国や裁判所が自動的に選任するものではなく、利害関係者が申立てを行わなければなりません。
相続人がいない賃借人の死亡が確認された場合、賃貸人は家庭裁判所に対して相続財産清算人の選任申立てを行う必要があります。この手続きは民法952条1項に基づくもので、賃貸借契約の適切な処理のために必須となります。
選任申立てには以下の書類が必要です。
申立てには予納金の負担も必要となることがあり、通常数十万円から百万円程度の費用がかかります。この費用負担は申立人が行う必要があるため、事前に費用対効果を検討することが重要です。
相続財産清算人が選任された後は、清算人との間で賃貸借契約の解約や残置物の処分について協議を進めます。清算人は被相続人の財産を管理し、債権債務の整理を行う権限を有しています。
残置物の処分について清算人は以下の手順を踏みます。
未払い賃料がある場合は、清算人が管理する相続財産から回収を図ることになります。ただし、相続財産が債務超過の場合は、全額回収できない可能性もあります。
契約解除については、清算人との合意により行うのが一般的ですが、未払い賃料等がある場合は契約解除の意思表示により進めることも可能です。
相続人がいない賃借人の死亡において、賃貸人が直面する主なリスクは債権回収の困難性と長期化する手続きです。相続財産清算人の選任から実際の債権回収まで、通常1年以上の期間を要することがあります。
債権回収リスクを軽減するための予防策として以下が挙げられます。
契約時の対策
管理中の対策
相続財産が債務超過となった場合、賃貸人の債権が完全に回収できない可能性があるため、事前のリスク管理が重要となります。
相続人がいない場合でも、特別縁故者が存在する場合があります。特別縁故者とは、被相続人と特別の縁故があった者で、内縁の配偶者や事実上の養子、療養看護に努めた者などが該当します。
特別縁故者がいる場合の手続きの流れ。
賃貸人としては、特別縁故者の存在を早期に把握することで、より迅速な解決が期待できます。近隣住民や知人への聞き取り調査により、特別縁故者に該当する可能性のある人物を探すことも有効です。
特別縁故者への財産分与が決定された場合、賃貸人は特別縁故者との間で賃貸借契約の処理について協議することが可能となり、相続財産清算人を介するよりもスムーズな解決が期待できます。
ただし、特別縁故者制度の活用には、該当者の存在確認と法的要件の充足が必要であり、専門家による適切な判断が求められます。