
2011年3月に発生した東日本大震災の甚大な津波被害を教訓として、同年12月に「津波防災地域づくりに関する法律」が制定・施行されました。この法律は、最大クラスの津波が発生した場合でも「何としても人命を守る」という理念のもと、ハード・ソフト両面から総合的な対策を講じることを目的としています。
この法律に基づき、都道府県知事は津波浸水想定を踏まえて、津波が発生した場合に住民の生命または身体に危害が生じるおそれがある区域を「津波災害警戒区域」(イエローゾーン)として指定することができます。さらに、より危険度の高い区域については「津波災害特別警戒区域」(オレンジゾーン)として指定することも可能です。
宅地建物取引業法においては、この法律の施行に伴い施行規則が改正され、取引対象となる物件が津波災害警戒区域内にある場合は、その旨を取引相手に重要事項として説明することが義務付けられました。具体的には、宅建業法施行規則第16条の4の3第3号に規定されており、売買・交換・賃借のいずれの契約においても説明が必要です。
この規定により、宅建業者は津波災害リスクについて適切に情報提供を行い、購入者や借主が十分な情報を得た上で契約判断ができるようにする重要な役割を担っています。
津波災害警戒区域内の物件を取引する際、宅建業者は以下の内容を重要事項説明書に記載し、説明する必要があります。
これらの説明は、単に「区域内にある」という事実だけでなく、その意味するリスクや対策についても理解できるよう、丁寧に行うことが求められます。特に、津波発生時の予想浸水深や到達時間、避難場所までの経路など、実際の避難行動に直結する情報は重要です。
また、2020年8月からは水防法に基づく水害ハザードマップの提示も義務化されており、津波災害と併せて総合的な災害リスク情報を提供することが必要となっています。
津波災害警戒区域(イエローゾーン)よりもさらに厳しい規制が適用されるのが、津波災害特別警戒区域(オレンジゾーン)です。この区域内では、建築物の構造や開発行為に関して特別な制限が課されます。宅建業者はこれらの制限についても正確に説明する必要があります。
特別警戒区域内での主な制限は以下の通りです。
これらの制限は、単に建築や開発を制限するだけでなく、津波発生時に建築物が損壊・浸水することによる人的被害を防止するための重要な措置です。宅建業者は、これらの制限が将来の建替えや増改築にも影響することを説明し、購入者等が長期的な視点で判断できるよう配慮する必要があります。
津波災害対策において、宅建業者は単なる情報提供者以上の重要な役割を担っています。その責任と役割は以下のように多岐にわたります。
宅建業者は不動産取引のプロフェッショナルとして、単に法律上の義務を果たすだけでなく、取引相手の安全と安心を守る「防災の担い手」としての自覚を持つことが求められています。特に、津波災害は一度発生すると甚大な被害をもたらす可能性があるため、その説明責任は重大です。
また、2025年4月現在、各地で津波災害警戒区域の指定が進められており、宅建業者は常に最新の指定状況を把握し、適切な説明ができるよう情報収集を怠らないことが重要です。
津波災害警戒区域の指定は、不動産の価値や市場性にも影響を与える可能性があります。宅建業者としては、この影響についても理解し、取引相手に適切な情報提供ができることが望ましいでしょう。
価格への影響要因
津波災害警戒区域の指定による不動産価値への影響は、以下のような要因によって左右されます。
実証研究からの知見
内閣府経済社会総合研究所の研究によれば、津波防災地域づくりの取り組みが地価に与える影響は一様ではなく、以下のような傾向が見られます。
宅建業者としては、単に「警戒区域内である」という事実だけを伝えるのではなく、地域の防災対策の状況や、実際の津波到達時間、浸水深予測などの具体的情報と合わせて説明することで、過度な不安や価格下落を防ぐことができるでしょう。
また、長期的な視点では、適切な防災対策が講じられた安全な地域づくりは、持続可能な不動産市場の形成にもつながります。宅建業者は、単なる情報提供者ではなく、安全・安心な地域づくりの担い手としての役割も意識することが重要です。
宅建業者が津波災害対策に関する実務を適切に行うためのチェックリストを以下に示します。日常業務の中で活用し、漏れのない対応を心がけましょう。
1. 物件調査段階でのチェック項目
2. 重要事項説明書作成時のチェック項目
3. 重要事項説明時のチェック項目
4. 契約後のフォローアップ
このチェックリストを活用することで、津波災害対策に関する宅建業者の実務をより確実に、そして効率的に行うことができます。特に新人担当者や、津波災害警戒区域での取引経験が少ない担当者にとって、業務の指針となるでしょう。
また、このチェックリストは単なる法令遵守のためだけでなく、顧客の生命と財産を守るという宅建業者の社会的責任を果たすためのツールでもあります。日々の業務の中で活用し、継続的に改善していくことが重要です。
津波災害対策に関する法令は、新たな知見や技術の発展に伴い、定期的に見直しや改正が行われています。宅建業者は、これらの法令改正を常に把握し、適切に対応することが求められます。ここでは、最近の主な改正点と宅建業への影響について解説します。
災害対策基本法の改正と影響
災害対策基本法は、津波を含む自然災害全般に対する基本的な法体系を定めており、近年も重要な改正が行われています。特に第49条の5(同法第49条の7第2項において準用)に関連する改正は、津波災害対策にも影響を与えています。
これらの改正は、避難指示や避難勧告の一本化、個別避難計画の作成、避難行動要支援者への対応強化など、より実効性の高い避難体制の構築を目指すものです。宅建業者としては、これらの改正内容を理解し、重要事項説明の際に最新の避難体制について正確に情報提供できることが重要です。
水防法との連携強化
2020年8月からは、水防法に基づく水害ハザードマップの提示が宅建業法の重要事項説明に追加されました。これは津波災害と洪水災害を総合的に捉え、より包括的な災害リスク情報を提供するための改正です。
宅建業者は、津波災害警戒区域の説明に加えて、水害ハザードマップも提示し、複合的な災害リスクについて説明する必要があります。特に沿岸部では、津波と高潮・洪水が同時に発生するリスクもあるため、総合的な視点での説明が求められます。
建築基準法との関係
津波災害特別警戒区域内での建築制限は、建築基準法第39条の災害危険区域の指定とも関連しています。地方公共団体は、条例によって津波危険地域での建築制限を行うことができ、これらの制限は宅建業者の重要事項説明にも影響します。
最新の技術基準や構造要件(「津波避難ビル等の構造上の要件に係る暫定指針」など)についても把握し、建築や改修を検討している顧客に対して適切な情報提供ができるようにしましょう。
宅建業法施行規則の改正動向
宅建業法施行規則は、社会状況や他の法令改正に合わせて定期的に見直されています。特に重要事項説明の対象となる法令制限については、新たな法令が制定されるたびに追加される傾向にあります。
2025年4月現在、宅建業法施行規則第16条の4の3第3号に基づき、津波災害警戒区域内の物件については重要事項説明が必要ですが、今後も法改正の動向に注意を払い、常に最新の規定に基づいた実務を行うことが重要です。
実務上の対応策
法令改正に適切に対応するためには、以下のような取り組みが効果的です。
法令改正は単なる負担ではなく、より安全・安心な不動産取引を実現するための機会でもあります。宅建業者は、これらの改正を前向きに捉え、顧客の生命と財産を守るという使命を果たしていきましょう。